はじめに
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、日本政府は次世代型太陽電池である「ペロブスカイト太陽電池」の推進を国策として明確に位置づけました。
2024年11月に経済産業省が公表した「次世代型太陽電池戦略」では、2040年までに約20GWの導入を目標とし、従来のシリコン太陽電池では困難だった場所への設置を可能にする革新的な技術として期待されています。
本記事では、ペロブスカイト太陽電池の基礎知識から建築物への具体的な応用方法、費用対効果、補助金制度、そして国内メーカーの取り組みまで、改修工事業者・不動産業者の視点で包括的に解説します。
ペロブスカイト太陽電池とは
ペロブスカイト太陽電池は、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らが発明した日本発の技術です。
ペロブスカイト結晶構造を持つ化合物(主にメチルアミン・鉛・ヨウ素などから構成)を発電層に用いた次世代型太陽電池で、従来のシリコン系太陽電池とは大きく異なる特性を持ちます。
主な特徴

1. 軽量性
- 従来のシリコン太陽電池:約10kg/㎡
- ペロブスカイト太陽電池(フィルム型):約1.5kg/㎡(約1/10の重量)
- マンションや戸建ての屋根・壁面への設置が容易
2. 柔軟性
- 厚さ約0.03mm(シリコンの約1/100)
- フィルム状で曲げられる
- 曲面や複雑な形状の建物にも対応可能
3. 低コスト化の可能性
- 製造温度が低く、製造期間も短い
- ロール・ツー・ロール方式で連続生産が可能
- 2030年までに発電コスト14円/kWhの実現を目指す
4. 高い変換効率
- 現在のセル単体での最高記録:26.7%
- タンデム型(ペロブスカイト/シリコン):34.6%
- オールペロブスカイトタンデム型:30.1%(京都大学などの研究で29.7%を達成)
5. 国産原料の活用
- 主原料のヨウ素は日本が世界第2位の生産国(世界シェア約30%)
- エネルギー安全保障の観点からも重要
政府の推進方針と目標
経済産業省が2024年11月に策定した「次世代型太陽電池戦略」では、以下の明確な時間軸目標が設定されています。
発電コスト目標
- 2025年まで:20円/kWh
- 2030年まで:14円/kWh
- 2040年まで:10〜14円/kWh以下(自立化水準)
生産体制
- 2030年を待たずにGW級の生産体制を構築
- 積水化学工業の新工場(2027年100MW規模、2030年にGW級へ拡大)に約1,600億円の補助
導入目標
- 2040年までに約20GWの導入(同年の太陽光発電全体の導入目標200〜280GWの約1割)
建築物への応用と設置方法
ペロブスカイト太陽電池の最大の魅力は、従来の太陽光パネルでは設置が困難だった場所への展開が可能になることです。
主な設置場所
1. マンション・集合住宅
- 屋上・屋根(耐荷重10kg/㎡以下の場所でも設置可能)
- 外壁面(垂直面への設置)
- バルコニー手すり
- 共用部分の壁面
2. 戸建て住宅
- 屋根全面(軽量のため屋根補強不要)
- 外壁
- カーポート屋根
- 庭の塀やフェンス
3. 工場・倉庫
- 耐荷重の低い折板屋根
- 外壁面
- 敷地境界の壁面
設置方法の革新

シート工法(日揮が開発)
積水化学のフィルム型ペロブスカイト太陽電池を使用し、折板屋根に簡易に設置する工法です。
- 工場で配線を接続した長い帯状のシートを屋根で広げながら専用金具で固定
- 従来のフレーム工法に比べて施工スピードが約10倍
- 架台不要で軽量性を最大限活用
簡易設置法
センコーと積水化学が共同開発した倉庫壁面への設置実証では、16枚(16㎡)の設置を施工準備から配線収納まで6時間で完了させることに成功しています。
建材一体型
- パナソニックHDが開発中の「発電するガラス」
- YKK APによる窓一体型ペロブスカイト太陽電池
- 新築時だけでなく、リフォーム時の窓交換と同時施工が可能
費用と収益性
初期費用(推定)
現時点では量産化前のため具体的な価格は未確定ですが、4kW相当の住宅用システムで初期費用約200万円程度と試算されています(従来のシリコン型は約150万円)。ただし、以下の点で実質的なコストは抑えられます。
- 屋根補強工事が不要
- 施工期間の短縮(1日施工も可能)
- リフォームとの同時施工で総工費差が縮小
収益性
- 年間発電量:4〜5kWh/㎡程度
- FIT制度での優遇:2025年から通常の太陽光発電より高い買取価格(10円以上)を検討
- 自家消費により電気料金削減効果
耐久性
- 現在:5〜10年相当の耐久性を実現
- 目標:積水化学は2025年までに20年相当の耐久性実現を目指す
- 従来のシリコン太陽電池:25年以上
補助金・支援制度
国の支援制度
1. ペロブスカイト太陽電池の社会実装モデルの創出に向けた導入支援事業(環境省)
- 補助率:2/3または3/4
- 対象:耐荷重10kg/㎡以下の設置場所
- 将来の普及を見据えた拡張性の高い場所への導入を支援
- 公募期間:令和7年(2025年)秋頃予定
2. GI基金(グリーンイノベーション基金)
- 次世代型太陽電池の開発プロジェクトに648億円
- リコー、パナソニックHD、京都大発スタートアップなどへの技術開発・実証支援(246億円)
3. GXサプライチェーン構築支援事業
- 積水化学の新工場建設(約3,200億円)に約1,600億円を補助
- 2024年度予算:548億円を計上
地方自治体の支援
東京都
- 既築住宅3.6kW以下の場合、1kWあたり15万円(上限45万円)を助成
福岡県
- ペロブスカイト太陽電池等実証事業補助金
- 拡張性が高い場所への設置実証に要する経費を補助
神奈川県
- 次世代型太陽電池普及促進事業費補助金
- 「見える化」を図る実証の取組等の経費の一部を補助
国内メーカーの取り組み
積水化学工業
- 量産体制:2025年1月「積水ソーラーフィルム株式会社」を設立し、シャープ堺本社工場の施設を活用
- 生産能力:2027年に100MW規模、2030年にGW級へ拡大
- 技術:フィルム型に特化、10年相当の耐久性を確認済み
- 実証事例:NTTデータビル外壁、JR西日本うめきた駅、東京都下水道局森ヶ崎水再生センターなど
パナソニックホールディングス
- 製品:ガラス建材一体型ペロブスカイト太陽電池
- 実用化時期:2026年に試験販売開始(当初計画から2年前倒し)
- 特徴:窓やビル外装材として使用可能、景観との調和
- 実証:三井不動産レジデンシャルと「発電するガラス」の技術検証
リコー
- 用途:オフグリッド電源、IoT機器向け
- 実証:東京都庁展望室、高齢者向け集合住宅でCO2濃度センサーと組み合わせた実装検証
- 特徴:独立電源としての活用に注目
東芝エネルギーシステムズ
- 実証:福島県大熊町役場でフィルム型モジュール(約30cm×100cm)4枚を設置
- 目的:ゼロカーボンの町づくり、復興まちづくりとの連携
- 量産化:2030年までの量産開始を予定
京都大学発ベンチャー・エネコートテクノロジーズ
- 特徴:曇り空や室内などの弱い光環境での発電性能
- 実証:北海道苫小牧の物流倉庫屋根・壁面で実証実験
- 開発:日揮と共同でシート工法による施工技術を確立
マンション大規模修繕での活用可能性
導入のメリット
1. 耐荷重問題の解決
多くの既存マンションでは、従来のシリコン太陽電池を設置するには屋上の耐荷重が不足しています。ペロブスカイト太陽電池なら構造補強なしで設置可能です。
2. 共用部電気料金の削減
- エレベーター
- 共用廊下照明
- 機械式駐車場
- ポンプ類
3. 大規模修繕と同時施工
外壁塗装や防水工事と同時に施工することで、足場費用を共有でき、総工費を抑制できます。
4. 資産価値の向上
- 環境配慮型マンションとしてのブランド価値向上
- 管理費・修繕積立金の削減効果
- ZEM(ネット・ゼロ・エネルギー・マンション)への対応
検討のポイント
技術的検証
- 管理組合への説明資料作成
- 発電シミュレーションと投資回収期間の試算
- 施工方法と工期の確認
法的・制度的確認
- 建築基準法への適合
- 消防法上の取り扱い
- 区分所有法に基づく総会決議(共用部分の変更)
戸建て住宅への応用
新築時の導入
メリット
- 建築設計段階から組み込み可能
- 建材一体型による意匠性の向上
- ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)対応
弊社不動産事業での取り組み
当社では不動産販売事業(ato-fudousan.com)において、今後販売する戸建て住宅へのペロブスカイト太陽電池の標準装備を検討しています。特に以下の点で優位性があります。
- 和風住宅の瓦屋根への対応
- 狭小地での屋根面積最大活用
- 将来の電気料金高騰リスクへの対応
- 環境配慮型住宅としての差別化
既存住宅へのリフォーム
適用場面
- 屋根葺き替え時
- 外壁塗装時
- 増築・改築時
メリット
- 既存屋根への負担が少ない
- 複雑な形状の屋根でも設置可能
- 外壁面の活用で発電容量を増加
安全性への配慮
ペロブスカイト太陽電池には、安全性に関する以下の課題があり、業界全体で対策が進められています。
鉛の含有
- 現在の製品には微量の鉛(約0.5g/㎡程度)が含まれる
- 適切な封止材による環境への影響防止
- 鉛フリー材料(AgBi2I7、スズ系など)の研究開発が進行中
廃棄・リサイクル
- 軽量・減容化により廃棄コストを抑制
- リサイクル技術の確立が必要
- 製造事業者による回収システムの構築
施工時の安全対策
- 落下防止対策
- 火災時の対応(消防法上の取り扱い)
- 経年劣化の監視
まとめ
ペロブスカイト太陽電池は、日本発の革新的技術として2025年から本格的な実用化フェーズに入ります。
軽量・柔軟・低コストという特性により、従来の太陽光発電では困難だったマンション外壁、戸建て住宅の複雑な屋根、工場の耐荷重の低い屋根など、多様な建築物への展開が可能になります。
政府による強力な支援体制、国内メーカーの技術開発、補助金制度の整備が進む中、改修工事業者として早期に技術を習得し、施工実績を積み上げることで、脱炭素社会の実現に貢献できると考えています。
当社は、建築設計から施工、不動産販売まで一貫したサービスを提供する強みを活かし、ペロブスカイト太陽電池の普及に積極的に取り組む検討をしております。
マンション管理組合の皆様、戸建て住宅をご検討中の方、工場・倉庫をお持ちの事業者様は、ぜひお気軽にご相談ください。
弊社不動産事業サイト:ato-fudousan.com
参考資料
- 経済産業省「次世代型太陽電池戦略」(2024年11月)
- 環境省「ペロブスカイト太陽電池の社会実装モデルの創出に向けた導入支援事業」
- NEDO「太陽光発電開発戦略2025 (NEDO PV Challenges 2025)」
- 自然エネルギー財団「ペロブスカイト太陽電池の導入場所が広がる:新たな設置方法でコスト低減へ」(2025年10月)
- 各企業プレスリリース(積水化学工業、パナソニックHD、リコー、東芝エネルギーシステムズ等)
本記事の情報は2025年12月時点のものです。最新情報は各公式サイトをご確認ください。
